20181029月 早起き法話(恨み、慈悲、寝る前に感謝)
4時過ぎに寝たのに
6時に朝日で目が覚めてしまいました。
眠れないのでストレッチをして
法話を聞き返していました。
ストレッチは久しぶりで
右膝が固くなっています。
生きがいのおしごとも大事だし
大至急、家の清潔さと机を手に入れ
情報量を減らすことで
精一杯の毎日ですが
リハビリ第一
ストレッチ、セーフス、たんぱく質
氣の呼吸
を思い出して
ルーティンを大切にしましょう
その上での最速を目指しましょう。
***
【昨日の法話】
2015年7月
では、強く生きるということはどういうことなんでありましょう
それは決して
力に対して力で報復をする
というようなことではないと思います
それはいつまで経っても
恨みや妬みや憎しみの連鎖は
留まることはないでありましょう
これもお釈迦様の有名な言葉でございます
彼はわたしを罵った
彼はわたしを害した
彼はわたしに打ち勝ったと
そういう思いを抱く人には
恨みは終にやむことがない
実にはこの世において
恨みに報ゆるに恨みを以ってしたならば
恨みはやむことはない
恨みを捨ててこそ、恨みはやむ
これは永遠の真理である
***
憎しみには憎しみによりてやむことはない
ただ、慈愛の心によってのみやむのである
和やかさによって怒りに打ち克つ
怒りや憎しみや恨みや貪り
こういう燃えさかる炎に
打ち勝つことのできるのは
お釈迦様のお言葉によれば
和やかさであり
良き事であり
ねぶり心、慈悲の心
真の心に他ならないというんであります
***
この慈悲の心を鍛えて修めろと
そしてこの慈悲の心を
すっかりと身に付けることが出来て
慈悲の心を土台として立ち
安住することができるようになると
するともはや
何者をも恐れることはない心境に
至るであろうと
こういう非常に力強い御説法も
遺されております
***
ではこの慈悲の心は
どうやったら身に付けることが
出来るのでありましょうか
鍛えるというのは
どういう事でありましょうか
それにはやはり普段から
この感謝の心を養うということが
私は一番であろうと思います
***
真に豊かな心とは
感謝の心を土台にした満足であり
お互いに生かし合える喜びである
***
ほんの一つや二つ
気に入らない事があると
それに向かってだけ
憎しみの心が起きてしまう
それをどうにか抑えよう
どうにか抑えようったって
これはなかなか難しいものでございますから
直接そちらに目を向けるのではなくして
もっと自分の周りを見たならば
「ああ、朝日が昇っていく。今日もいい天気だ」とか
「ああ、一杯のお茶が美味しい」
「今日も道を歩く事ができる」とか
もう色んな有難いことというのは
実は沢山溢れているんではないでありましょうか
そしてその
せめて昼間はなかなか
そういう事に目が行かなくても
寝る前、お休みになる前に心の中で
憎しみの相手をいつまでも思い起こしていると
これはいつまでも寝られませんから
それは置いといて
それ以外にあった
身の回りの些細なありがたいことに
「ああ良かった、ありがとう」
心の中で「ありがとう、ありがとう」
こう言っているうちに
心というものが穏やかな心に
和やかな心に
そして周りに対する慈悲の心に育っていく
これがわたしは一番手っ取り早い
方法であろうとこう思います
次の世代に何を遺して行くのか
大きな責任を持っていると思います
6時に朝日で目が覚めてしまいました。
眠れないのでストレッチをして
法話を聞き返していました。
ストレッチは久しぶりで
右膝が固くなっています。
生きがいのおしごとも大事だし
大至急、家の清潔さと机を手に入れ
情報量を減らすことで
精一杯の毎日ですが
リハビリ第一
ストレッチ、セーフス、たんぱく質
氣の呼吸
を思い出して
ルーティンを大切にしましょう
その上での最速を目指しましょう。
***
【昨日の法話】
2015年7月
では、強く生きるということはどういうことなんでありましょう
それは決して
力に対して力で報復をする
というようなことではないと思います
それはいつまで経っても
恨みや妬みや憎しみの連鎖は
留まることはないでありましょう
これもお釈迦様の有名な言葉でございます
彼はわたしを罵った
彼はわたしを害した
彼はわたしに打ち勝ったと
そういう思いを抱く人には
恨みは終にやむことがない
実にはこの世において
恨みに報ゆるに恨みを以ってしたならば
恨みはやむことはない
恨みを捨ててこそ、恨みはやむ
これは永遠の真理である
***
憎しみには憎しみによりてやむことはない
ただ、慈愛の心によってのみやむのである
和やかさによって怒りに打ち克つ
怒りや憎しみや恨みや貪り
こういう燃えさかる炎に
打ち勝つことのできるのは
お釈迦様のお言葉によれば
和やかさであり
良き事であり
ねぶり心、慈悲の心
真の心に他ならないというんであります
***
この慈悲の心を鍛えて修めろと
そしてこの慈悲の心を
すっかりと身に付けることが出来て
慈悲の心を土台として立ち
安住することができるようになると
するともはや
何者をも恐れることはない心境に
至るであろうと
こういう非常に力強い御説法も
遺されております
***
ではこの慈悲の心は
どうやったら身に付けることが
出来るのでありましょうか
鍛えるというのは
どういう事でありましょうか
それにはやはり普段から
この感謝の心を養うということが
私は一番であろうと思います
***
真に豊かな心とは
感謝の心を土台にした満足であり
お互いに生かし合える喜びである
***
ほんの一つや二つ
気に入らない事があると
それに向かってだけ
憎しみの心が起きてしまう
それをどうにか抑えよう
どうにか抑えようったって
これはなかなか難しいものでございますから
直接そちらに目を向けるのではなくして
もっと自分の周りを見たならば
「ああ、朝日が昇っていく。今日もいい天気だ」とか
「ああ、一杯のお茶が美味しい」
「今日も道を歩く事ができる」とか
もう色んな有難いことというのは
実は沢山溢れているんではないでありましょうか
そしてその
せめて昼間はなかなか
そういう事に目が行かなくても
寝る前、お休みになる前に心の中で
憎しみの相手をいつまでも思い起こしていると
これはいつまでも寝られませんから
それは置いといて
それ以外にあった
身の回りの些細なありがたいことに
「ああ良かった、ありがとう」
心の中で「ありがとう、ありがとう」
こう言っているうちに
心というものが穏やかな心に
和やかな心に
そして周りに対する慈悲の心に育っていく
これがわたしは一番手っ取り早い
方法であろうとこう思います
次の世代に何を遺して行くのか
大きな責任を持っていると思います
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