20180920木 入院196日目 法話 もう一人の自分
【本日のリハビリ】
今までお借りしていた1kgのおもりは
退院後は貸出できないとのことで
ゴムチューブ
を貸してもらいました。
色んな使い方が出来て便利です。
足首や太ももに結び付けて
負荷をかけて引っ張ります。
この写真では、太ももを縛った状態で
足を左右に開こうとしています。
自分で自分を縛って
仰向け、うつ伏せで
ゴロゴロしている私は
何とも変な趣味の人に見えはしないかと
少し心配であります。
リハビリ室で
こんなリハビリしている人は
見たことがないので…(笑)。
でも効きます。
***
【本日の法話】
2016.5
法話は、GWの渋滞
そして
新聞に掲載された川柳の紹介から始まります。
「渋滞が
うれしい 彼女を
送る道」
思い通りにいかないことが必ずある。
渋滞のように
避けては通れない嫌なものに
誰もがぶつかる。
仏教では病、老い、死
良き伴侶に巡り合えたら、
老いさえも温かい時間になりうる。
遠回りをしたからこそ良かった、と思えることもある。
良き伴侶、友人、仲間に巡り合えなくても良い。
本来、安らぎとは外に求めるものではないから。
酒やギャンブルや薬物に溺れる人がいる。
しかし、
「己こそ 己の寄る辺 己を置きて 誰に寄るべ」
である。
(※寄る辺・・・たよりとして身を寄せる)
***
私は自分自身から逃げてしまうことが多い
でも、自分こそ一番頼りになり
安らげる場所にもなり得ると言われ
目から鱗が落ちる思いだった。
嫌な自分ばかりだと、
自分から逃げなければいけなくなるけど
悪いことをしなければ、自分が一番の寄る辺になる。
***
中学生が通山宗鶴老師に手紙を出した。
感情に振り回されてばかりの自分でも
修行が出来ますかと尋ねる内容だった。
通山宗鶴老師は、何回も下書きを重ね
丁寧な返事を送ったそうです。
その一部は、次のような内容でした。
禅の修行は、何も心が強い人だけが
するものではありません。
朝起きようと思っても、
もう少し布団の中にいたいと思う自分もいます。
そんな自分に
「おい、起きろ」
と声をかけて、飛び起きるのが
禅の修行でもあります。
怒ったりすねたり、
どれが本当にあなたでしょうか。
どれもその時々の一時の感情にすぎないので、
苦にしなくてもよいのです。
いま自分は泣いている、喜んでいると認める
もう一人の自分があなたの中にいる
このもう一人の自分を
身体で学ぶのが禅の修行なのです。
***
西田幾多郎先生の
「わが心 深き底あり 喜びも 憂いの波も とどかじと思ふ」
という歌も紹介されました。
私には、穏やかで静かで
日光がうっすらと差し込む
海底のイメージが
浮かんできました。
揺るぎない部分がある
とても安心させられる歌です。
***
感情の波に振り回される私には
今日聞いた法話は
とてもぴったりのお話でした。
実は、丁度昨日から、電話の時には
鏡を近くに置くことにしました。
それは、苛立った自分の顔がきっと
醜いだろうと反省したからです。
苛立った時、
自分の醜い顔を見て冷静になれるかもしれない。
にこっと笑ったら
違う言葉が出て来るかもしれない。
感情は、我慢するだけが
コントロールではないのではないか、
と作戦変更してみました。
老師も、感情を抑えるだけでは、他の力が必要になり、
かえって悪くなることもあると言っていました。
自分の感情を認めることは
自分にしか出来ないことなのかもしれません。
***
9/20(木) 予定
午前 簿記3級 第14回(2h)
簿記法話(15分)
午後 シャワー(0.75h)
簿記3級 第15回(2h)
法話(30分)
机の検討(2h)
↓ 結果
午前 リハビリ、fxで終わり
午後 睡眠(4.5h)
法話(15分)、(30分)
簿記3級 第14回(2h)
机の検討(1h)
***
9/21(金) 予定
午前 シャワー(0.75h)
午後 スタッフノート全体を読む(2h)
法話(15分)
荷造り (1h)
簿記3級 第15回(2h)
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